リビングが家庭教育の場

●リビングパーティは家族の確認の場――親が子ども部屋のドアを開けさせることができる。そうきくと子どもに目が届いていい」と考える日本の親は多いだろう。しかし、ドアの開閉の権利は監視のためにあるのではないと彼は断言する。そこが根本的に違うのだという。基本的に日本の親には子どもは監視しなければなまける、放っておくと不良化するという観念が根強くあるのかもしれない。なぜ、欧米の親たちがドアを開けさせるのかというと、親が中に入ってその空間を監視するためではなく、子どもをリビングへ引きだすためなのである。なぜリビングへ引きだそうとするのか?「リビングが家庭教育の場だからなんです」とKさんはいった。アメリカのホームドラマでは食卓シーンが驚くほど少ない。なぜなら、パーティでもないふつうの食事は、ただの食事であってコミュニケーションではないからである。重要なドラマの展開はたいていリビングでなされる。リビングこそ住まいの中心であり舞台であり、そしてもっとも居心地のいい場所なのだ。「部屋に入っていなさい」という叱り言葉は、日本ではさして効力を発揮しないだろう。そういわれた子は喜んで子ども部屋へとんでいくはずだ。だが、欧米では寝室から外へ出られないということはいわば軟禁状態であり、大袈裟にいえば「公的」権利を剥奪されるということを意味している。